心の支えになる一冊『食えなんだら食うな』(著:関 大徹)

読書
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とあるYouTubeでおすすめされていたこの本。

表紙だけ見れば普段の自分ならおそらく購入しないであろう本。

しかし、読み終えた今、心の底から読んで良かったと思っています。これからの人生の支えにもなるような一冊でした。

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『食えなんだら食うな』目次

  1. 食えなんだら食うな
  2. 病なんて死ねば治る
  3. 無報酬ほど大きな儲けはない
  4. ためにする禅なんて嘘だ
  5. ガキは大いに叩いてやれ
  6. 社長は便所掃除をせよ
  7. 自殺するなんて威張るな
  8. 家事嫌いの女など叩き出せ
  9. 若者に未来などあるものか
  10. 犬のように食え
  11. 地震ぐらいで驚くな
  12. 死ねなんだら死ぬな

以上12章からなるこの本。

どのタイトルも興味を引くものばかり。

どの章も非常に良いことが書いてあるのですが、そのなかでも特に印象に残った5つの章について振り返りたいと思います。

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食えなんだら食うな

その言葉のとおり、「食べることができないのであれば食べるな」というシンプルな言葉。

この言葉を読み、なぜか心が軽くなりました。

農家としてやっていけるか不安に思うことが最近多く、収入が少なく食べていけなくなってしまうのではないかといったことをよく考えてしまいます。

そんな時に本書のタイトルにもなっている「食えなんだら食うな」という言葉。

単純な私は、「食えないなら食わなきゃいいのか」と思い、そしたらなぜか、今まで悩んでいたことが急に馬鹿馬鹿しく思えるようになりました。

結局、「やるしかない」「頑張るしかない」と前向きにしてくれる言葉だなと感じました。

またこの章の中の一番好きな箇所は次の一文。

兄貴は大黒柱、弟は便所柱

次男である私は、親からの支援が多い兄のことが羨ましく思うことが多くありましたが、この言葉を読み、「それが当たり前なんだ」と思い、兄に対する嫉妬に近い感情がなくなりました。

昔から兄と弟という間には、そういう格差があるもの。戦国時代も弟というものは家を継ぐ必要がないため、家を出て戦場に行くことが多かったみたいですし、明治時代も家制度により長男がすべて相続するのが当たり前でした。

長男が優遇されるのは、いつの時代も当たり前なのです。

世の次男、これまでの次男の方々、同じ境遇の人がたくさんいるんだと思うと、長男のことを羨ましく思うことは、なんとなくズレているという感覚になりました。

また、兄には長男としての苦労もたくさんあるんだろうなと考えると、なおさら羨ましく思はなくなりました。

それにしても「弟は便所柱」という表現は、なんか良いなと思いました。

便所は家の外、もしくは端っこにありますが、なくてはならない存在で、家を支えています。

影で良い仕事をしている感じがすごく良いなと思いました。

一日為してこそ、食うものが食える。(中略)いただくからには、せいいっぱいおいしくいただいてやるのが、人間としてのつとめ

何かを成し遂げて食べるものは何でもうまいです。頑張った日の最後に飲むビールは最高にうまいです。

そして「おいしくいただく」という言葉。これは感謝していただくということだと思います。

「食えないなら食わない」、「食うんだったら感謝をし、おいしくいただく」ということがやっぱり大事なんだと思います。

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無報酬ほど大きな儲けはない

徳は無私でなければならない。無報酬でなければならない。(中略)代償を求める心があるとするならば、その「徳」は帳消しになる。

持って死ねる金もなく、残して末代まで保証できる金もない。(中略)「徳」は残るのである。

これは自分に戒めとして、忘れないようにしておきたいです。

お金のことばかりを最近考え過ぎていました。農作業は重労働が多いですが、それに見合った見返りが少ない作業が多く、仕事が嫌になることが最近多々ありました。

確かに、お金は大事なものですが、お金で価値判断をしてしまうと農業なんてやってられなくなるような気がします。

また家事にいたっても、家事はやってもお金が発生しませんが、とても大事な仕事です。

お金を中心に様々な行いを考えてしまうと、人間は人間でなくなってしまうような気もします。

むしろ無報酬であるということは、その分「徳」を積むことができると思えば、その方が、心は豊かになるのかもしれません。

少なくともお金のことばかり考えていは、私は豊かではないと思います。

最近はこの考えが定着してきていますが、つい、自分の良い行いに気づいてほしかったり、褒めてほしかったりしてしまいます。

無私で徳を影ながら積む修行をやっていきたいと思います。私も何かしらの「徳」を残して、この世を去りたいなと思いました。

お金は消えても、その人が残した「徳」や「魂」というものは、その人が生きた証として残るのかもしれません。

私の祖母は、私にいろいろなことを教えてくれたため、祖母は亡くなってしまいましたが、祖母の教えは私の中に今もあります。

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ガキは大いに叩いてやれ

言葉だけ見ると、今の世の中ではコンプライアンス違反になりそうですが、そのような内容ではありません。

むしろ、子どものことをよく考えてのことであり、ちゃんとそこには子どもへの愛があります。

子どもは人間として鍛えておかねばならぬ

これは子ども扱いしないということだと思います。私も子どものころ、子ども扱いされるのは嫌いでした。意思があり、子どもなりの意見や考えがあったからなんだと思います。

そのため、子どもといえど、一人の人間としてちゃんと向き合うことが大切なんだと思います。

ベタベタできる時期に大いにしておくこと。(中略)幼児期、子どもは、母親の肌のぬくもりで生きている。(中略)傍らにいてやらねばならぬ時期にはせいいっぱい保護してやり、あとはあっさり距離を置くのが自然の理にかなっている。

子育てにおいて重要なことだと思いました。私にはまだ子どもはまだおりませんが、子どもが幼い時に、特に愛情をもって接することが重要なことなんだと思います。

親は子どもがいて初めて、親になれます。そのため、親は子どもと一緒に成長していくものなのかなと思います。

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自殺するなんて威張るな

本書の中で一番好きな言葉です。なぜかすごく心に刺さりました。

正直、何もかも嫌になって、死んだら解放されるのかと思ったことは、何回かあります。

最近私の知っている人で、死にたい死にたいと言っている人がいますが、その人にこの言葉をおくってあげたいです。

本書の中では、停学処分を受けた学生の話が掲載されていますが、その中の文章に次の話があります。

学校で悪を助長しながら、その悪の結果が出来すると、まるでトカゲの尻尾切りのように、問題少年を放り出して、あとは涼しい顔をしている。かかる卑劣きわまりない教育者に、公費から俸給を割くことは、税金のムダ使いであり、それ以上に県民への裏切りであろう

今の教育現場に対しても、投げかけているような言葉だと思います。

教育というもののあり方を、再度、考え直す必要があると思います。

一流大学をでなくても、立派な人間らしく生きている人がいるという平凡な事実とがわかった。

この言葉もいろいろ気づかせてくれる言葉でした。

私は今の自分の状況が悪いと、世界一不幸だと考えるような勢いで思い悩んでしまいます。それこそ、「自分の知っている世界のなんたる小さな世界であることか」と思いました。

もっと世の中を見渡せば、自分よりも苦労されている方、努力されている方が、たくさんいます。

自分のことだけを考えていては、状況は良くならないし、かえって悪くなるのだと思います。

先輩農家さんにも言われましたが、「思い悩み過ぎないでやるしかない」のだと改めて思いました。

結局、頑張るしかないんだと思います。

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死ねなんだら死ぬな

これは結論です。「死ねないなら死ぬんじゃない」ということです。

単純で非常にわかりやすいです。

いつ襲ってくるかわからぬ事態を忘れて、目先のことをあれこれ思いわずらっているところに、人間のあわれさがある。

禅ではとりわけ、死に様の見事さを尊ぶ

仏教の課題は死んでどうなるということ。(中略)死ぬまでどう生きるかが問われてくる。

この世に生まれたからには一生懸命死ぬまで生きる!ということなんだと思いました。

自殺のことなんか考えている暇も余裕もないくらい、今を一生懸命生きるということが大事なんだろうと思いました。

そして、この章の最後に、六十歳を超えてからの生き方について書いてあるのですが、非常に参考になることが書いてありますので、本書を実際に手に取って読んでみてほしいと思います。

手元にこの本があると、心の支えになると私は思います。

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まとめ

落ち込んでいる時にこの本を読むと、元気というか、頑張らなければと、奮い立たせてくれるような一冊です。

自分もかっこいい死に様でこの世を去りたいと思いました。

そのためにも、毎日を一生懸命生きていきたいです。

おわり

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